執務室のオープンスペースでTeams会議に出たとき、相手から「聞こえにくい」と言われた。使っていたのはAirPods Pro3。仕方なく有線イヤホンに戻したが、そういえば数百円の100均イヤホンでは一度もそう言われたことがない。SE歴20年、スマートホーム機器を8年触ってきた筆者が、この違いの正体を実測で突き止めた。結論から言うと、原因は当初疑っていた「Bluetoothの帯域制限」ではなかった。
AirPodsだけ「聞こえにくい」と言われる理由
有線では一度も指摘されたことがない
これまで数百円の100均有線イヤホンで会議に出ても、聞き取りにくいと言われた記憶はない。AirPods Pro3に替えてから初めて指摘を受けた。マイク性能で言えばAirPods Pro3の方が明らかに上のはずなのに、実際の評価は逆転している。ここに違和感があった。
2つの仮説
考えられる原因は2つあった。
1つ目はBluetoothのHFP問題。WindowsでBluetoothマイクを使うと、再生専用の高音質モード「A2DP」から、通話用の「HFP」(ヘッドセットモード)に切り替わる。HFPは音声通話規格の都合で送話・再生とも音質の上限が低く設計されており、マイク自体の性能とは無関係に音が悪くなる可能性がある。
2つ目はマイクと口元の距離。襟元にクリップで留める小型マイク「ラベリアマイク」(ピンマイクとも呼ばれる)なら、口元から15〜20cmの近さで拾える。この近さがあると、周囲のノイズに対して自分の声が相対的に大きく入る(近接効果)。
情シス制約という前提条件
検証に入る前に、選べる機材には制約があった。会社PCはUSBデバイスの持ち込みが社内規程でNGの可能性がある。3.5mmアナログ接続はUSB列挙が発生しないため、この規程には抵触しない想定で選定を進めた。
何を・どう測ったか
検証環境
送信側はWindows PC、受信側はiPhoneの画面収録機能。iPhoneは別アカウントで同じTeams会議に参加し、Teamsが実際に配信した音声をそのまま録音した。「相手が実際に聞く音」を測る構成にしている。
検証したマイクは3種+PC内蔵の計4系統。
| マイク | 接続方式 |
|---|---|
| AirPods Pro3 | Bluetooth(HFP経路) |
| AGPTEK Z02(ラベリアマイク) | 3.5mm 4極アナログ |
| 有線イヤホンマイク | 3.5mmアナログ(バックアップ機) |
| PC内蔵マイク | 本来予定になかったが手元で確認できたため追加 |
Z02使用時はTeamsの設定を「スピーカー=AirPods/マイク=外付けマイク(Realtek Audio)」にした。入力デバイスを分けることで、AirPods側がHFPに落ちずA2DPを維持する狙いだ。Z02付属の変換プラグは使っていない。アッテネーター(信号を減衰させる部品)として働き、音量が大きく落ちるため外した。
台本と測定項目
無音10秒(ノイズフロア測定)・数字とアルファベットの読み上げ・サ行破裂音を含む業務文・通常の業務会話・小声パート・ノイズを足した状態での再読み上げ、という構成の台本を用意し、同じ場所・同じ日に読んだ。
測定したのは次の3つ。「SNR(信号対雑音比)」は声の大きさとノイズの大きさの差を示す数値で、大きいほど声がノイズに埋もれず聞き取りやすい。単位はdB。「dBFS」は音量の基準値で、0が機器の上限、マイナスが大きいほど音が小さいことを示す。
ノイズフロア: dBFS
発話時SNR: dB
周波数特性: 0-8000Hz
加えて、Whisperで自動文字起こしし、台本の正解テキストとの文字誤り率(CER)も条件ごとに算出した。「Web会議の自動文字起こしがどのマイクなら実用になるか」を数字で見るためだ。
7条件(PC・AirPods・Z02・有線のノイズ抑制ON、有線・AirPods・Z02のノイズ抑制OFF)を同じ日に連続で録音し、ブラインドで主観評価してから、後日この数値解析にかけた。
SNRは主観と一致、しかしHFP仮説は外れた
実測SNR
| マイク | ノイズ抑制 | ノイズフロア | 発話レベル | SNR |
|---|---|---|---|---|
| Z02 | ON | -87.1dBFS | -21.6dBFS | 65.5dB |
| 有線 | ON | -86.7dBFS | -22.2dBFS | 64.5dB |
| AirPods | ON | -81.0dBFS | -22.4dBFS | 58.5dB |
| PC | ON | -70.2dBFS | -21.3dBFS | 48.9dB |
| Z02 | OFF | -75.4dBFS | -21.4dBFS | 54.0dB |
| AirPods | OFF | -69.0dBFS | -22.3dBFS | 46.7dB |
| 有線 | OFF | -64.9dBFS | -22.2dBFS | 42.6dB |
ブラインド評価では「Z02が一番良い、有線も悪くない、AirPodsは籠る」という順位になっていたが、数値もほぼ同じ順位で再現された。ノイズ抑制ソフトを切ると全条件で10〜20dB悪化し、そのなかでもZ02が一番踏ん張り、有線が一番落ち込む。「有線はノイズ抑制ソフト頼み」という傾向が数字にも出ている。
高域は削られていなかった
ここでHFP仮説を検証した。狭帯域化が起きているなら、AirPodsの周波数特性は4kHz以上でごっそり落ちるはずだ。
実際に発話区間のスペクトルを比較すると、想定と逆の結果が出た。4〜8kHzの高域エネルギー比はAirPodsが0.194、Z02が0.069。AirPodsの方がむしろ高域まで信号が残っていた。単純な帯域カットは起きていない。

正体は残留ノイズだった
スペクトログラム(時間・周波数ごとの音量を色で示した図)を見て理由がわかった。Z02は発話の合間が完全に無音(真っ黒)で、倍音構造もはっきり出る。一方AirPodsは発話の合間にも4〜8kHz全体に薄いノイズが乗り続けていて、ノイズ抑制をOFFにすると、この帯域に常時ノイズが乗る状態になる。「雑音がざーっと聞こえるのが耳についた」というブラインド評価の感想は、まさにこの残留ノイズを指していた。
つまり「AirPodsは帯域が狭まって籠る」ではなく、「AirPodsは高域にノイズが乗り続けていて、それがSNR悪化と籠り感の正体」というのが実測から見えた結論だ。当初の仮説は外れたが、原因ははっきりした。
自動文字起こしへの影響、小声で3倍の差
数字・アルファベットの読み上げ(案件番号やアルファベット読み合わせ)は、7条件すべてで文字誤り率85〜94%だった。マイクを変えても改善しない。「エー、ゼット、ハイフン…」(台本では「ヒフン」と崩して読んでいた)のように1文字ずつ区切って読む「フォネティックコード」読み上げ自体が、Whisperの学習データにない不自然な発話パターンなのが主因とみられる。この用途で自動文字起こしに頼るのは、どの機材でも現実的ではなさそうだ。
一方、小声パートでは条件差がはっきり出た。
| マイク | ノイズ抑制 | 文字誤り率 |
|---|---|---|
| Z02 | ON | 17.9% |
| 有線 | OFF | 25.0% |
| Z02 | OFF | 25.0% |
| 有線 | ON | 32.1% |
| AirPods | OFF | 41.1% |
| AirPods | ON | 57.1% |
| PC | ON | 69.6% |
Z02が18%前後で最も実用的、AirPodsは40〜57%とほぼ使い物にならない水準だった。「AirPodsは小声が聞き取れないところが多々ある」という主観評価と、この数字は一致する。会議中に声を張れない場面(周囲に人がいる執務室など)では、マイクの選択が自動字幕・自動文字起こしの精度そのものを左右する。
※AirPods条件の一部区間は録音全体(28分の連続収録)からの切り出し境界の確信度が低く、参考値として扱ってほしい。
情シス制約下での結論
検討して見送った候補
購入前に比較した候補と、見送った理由をまとめておく。
| 候補 | 価格 | 見送り理由 |
|---|---|---|
| Jabra Evolve2 Buds | 30,780円〜 | ドングルでHFP回避できるが、会議専用に3万円は過剰。USBドングルが社内規程に抵触の可能性 |
| Anker Liberty 5 Pro | 26,990円 | 先輩から「マイクが抜群」と勧められた一品。AirPods購入前に知っていたら間違いなく買っていた。ドングル非同梱でHFP問題は残るが、気になる人にはぜひ試してほしい |
| DJI Mic Mini(1TX+1RX) | 7,039円 | USB受信機のため社内規程リスク。正直、USBが許すなら最後まで検討していた候補 |
| DJI Mic Mini 2S | 国内未発売 | NPUノイズキャンセリング搭載で会議にも効きそうだが、日本での価格・発売時期が未定 |
| 有線USBヘッドセット | 2,500円〜 | 装着型を避けたかった |
(価格は2026年8月時点。時期により変動する)
実測はできていないため評価はあくまで伝聞ベースだが、Anker Liberty 5 Proは次に試す候補として本気で気になっている。
DJI Mic Miniも、USB接続さえ問題なければ一番試したかった候補だった。ノイズキャンセリング機能付きで、この実測でわかった「残留ノイズ」問題への対策としても興味がある。
Z02を選んだ理由と正直なデメリット

- SNR実測が7条件中トップ(65.5dB)
- 小声のWhisper文字起こし精度も最良(17.9%)
- 3.5mmアナログ接続でUSB列挙が発生せず社内規程をクリアできる
- ケーブルが長く、取り回しが邪魔に感じる場面がある
- 襟元にクリップで留める手間がAirPodsより増える
資材が増えるのはZ02を選んだ理由の一つではある。ただ正直に言うと、無線か有線かで快適度はかなり変わるはずで、予算と環境(USB規程)が許すならDJIの方が良かった可能性は高い。ここは実測できていないため、あくまで未検証の予想にとどめておく。
有線イヤホンについても触れておくと、今回の実測でSNR64.5dB(ノイズ抑制ON時)とAirPodsを上回った。これまで100均の有線イヤホンで指摘を受けたことがなかった体感とも一致する。装着の手間を考えれば「有線のままで十分」という選択肢も十分ありだ。
よくある質問(FAQ)
- QAirPods Pro3は会議に向かない?
- A
ノイズキャンセリングや音質そのものは優秀だが、今回の実測ではWeb会議のマイクとしてはSNR・小声の文字起こし精度ともに他の選択肢に劣った。原因はBluetoothの帯域制限ではなく、高域に乗り続ける残留ノイズだった。
- Q有線とワイヤレスラベリアマイク、結局どちらがいい?
- A
実測ではZ02(ワイヤレスではなく3.5mm有線のラベリアマイク)がSNR・小声の文字起こし精度ともに最良だった。ただし有線イヤホンもノイズ抑制ONならAirPodsを上回るSNRが出ており、装着の手間を避けたいなら有線のままでも十分実用的。
- Qノイズ抑制ソフトは切った方がいい?
- A
今回の実測では全条件でOFFにするとSNRが10〜20dB悪化した。ノイズ抑制はONのままにしておくのが基本方針でよい。
- Q会社PCでUSBマイクが使えない場合の代替は?
- A
3.5mmアナログ接続のマイクならUSB列挙が発生しないため、USB機器持ち込み規制がある環境でも使える可能性がある。ただし社内規程の解釈は環境によって異なるため、導入前に情シス部門への確認をおすすめする。
- QWeb会議の自動文字起こしは信用できる?
- A
今回の実測では、数字やアルファベットの読み上げは使用マイクによらず文字誤り率85%以上で実用に耐えなかった。通常の会話・小声パートはマイクの違いで精度が3倍以上変わったため、重要な数字が出る場面では自動文字起こしに頼りきらない方がよい。
まとめ
AirPods Pro3が会議で「聞こえにくい」と言われた原因は、当初疑っていたBluetoothの帯域制限ではなく、高域に乗り続ける残留ノイズだった。実測SNRはZ02が7条件中トップで、主観評価とも数字が一致した。数字の自動文字起こしはどのマイクでも実用的ではなかったが、小声の文字起こし精度はマイクの違いで3倍以上変わった。
USB機器の持ち込みに制約がある環境では、3.5mmアナログ接続のマイクが現実的な選択肢になる。同じ環境で悩んでいる人は、まずAirPods Pro3の実機レビューで気になっていたノイキャンやイヤーピースの話も参考にしてほしい。
USBが使えるなら比較検討していたDJI Mic Mini(1TX+1RX)も、ノイズキャンセリング機能付きの選択肢として気になっている。

